2010年12月08日
篠川農学校

「節子(せっこ)への旅」シリーズ第3回です。
篠川の集落に降りてきました。
海岸にたどり着く直前の左側に、記念碑がありました。
「篠川農学校跡」と書いてあります。
この地は、もともと大島高等小学西校でした。
瀬戸内町のHPの記事によると、
昇曙夢(のぼりしょむ)が卒業したことになっています。
昇曙夢は、ロシア文学者、大奄美史の著者、
奄美群島本土復帰運動の指導者です。
奄美大島の偉大な先人ですね。
加計呂麻島の出身です。
その大島高等小学西校が古仁屋に移転し、その跡地に
1900年、5年制の「篠川実業補修学校」ができました。
1903年に「篠川農学校」となり1918年まで続きました。
大島の農業復興を目指し、農業生産に努める青年の育成のための
農学校でした。

今は「篠川小中学校」となっています。
商学部は児童数11人、3学級、
中学部は生徒数7人、2学級、職員が10人のようです。

学校の生徒数を比べると、その集落の移り変わりが見えてきます。
少子化は、止められるものでしょうか……(x。x)゜゜
Posted by チャーリー at 20:06│Comments(0)
│奄美の暮らし